意見を伝える際に意識していること

意見を伝える際に意識していること

みなさんこんにちは、ひろみです。

本日はこんなお便りをいただきました。

お便りありがとうございます。そこまで褒められてるとなんだか恐縮してしまいます・・!

自分の意見を伝えるのって、色々考えると難しくって何も言えなくなったりしますよね。

まず最初の、語彙力を高めるために・・・については、全然努力はしていません。苦笑

本来ならばもっと本を読んだり新聞を読んだりしてボキャブラリーを増やすべき人間だと思うのですが、人並み程度にしか読書はしないし、新聞ではなくAmazonのアレクサにニュースを読み上げてもらっているので全く身についていないな、と反省しているくらいです。強いて言うなら、読書中に知らない言葉に出会ったらすぐに調べる→日常でも使ってみる、ということでしょうか。

言葉選びに関しては、あまり意識していなかったので改めて考えてみました。何を大事にしているかな、と。出て来たのはこの4つ。

  • 嘘をつかない
  • 自分の言葉を使う
  • 主語を「私」にする
  • 愛とリスペクトを根底にもつ

嘘をつかない

これは話を大いに盛るとかガセネタ云々とかではなくて、「自分の気持ちに嘘をつかない」と言う意味です。本当に自分はそう思っているか、感じているか、と言うことを大事にしています。ポッドキャストでもいくつか本をご紹介していますが、心が動かないと話にしていません。また、どう言うポイントで心が動いたのか、についても世間の感想とたとえかけ離れていたとしても、今の自分がこう感じたと思ったらそこを話ようにしています。ちなみに、本に限らず、心が動かなかったら何も言いません。(余談ですが、高校生の時女子たちが毎日お互いを「可愛い」と褒め合っているのが苦痛でなりませんでした。中には可愛い子もいたのですが、中にはどこがやねん、と思う子もいて(ごめんなさい)、嘘くささが気持ち悪かったんですね)

自分の言葉を使う

これも、嘘をつかないに似ていますが、誰かの引用とかはしません。引用したい場合は「〇〇で読んだ言葉なんだけど」「誰かが昔言っていたんだけど」とクオートをつけて、自分の言葉ではないことを表明します。だって誰かの言葉借りてくるってかっこ悪いじゃないですか。盗作の始まりですしね。ここは結構大学の論文執筆中に叩き込まれた部分も大きいかもしれません。自分の言葉の方が、相手に伝わりますしね。

主語を「私」にする

これは何事にもつけていると思います。意見を言う時、「・・・と私は思います」と必ず自分の意見ということをはっきりさせる。たとえば恋人と喧嘩した時、「〇〇くんって△△だから××なのよ、ってBちゃんも言ってる」とか言われたら「え、じゃあ君はどう思ってるんだ?」って不信感を抱きませんか?あるいは、様々なバックグラウンドの人たちの集まりで意見を述べなくてはいけない時、「一般論として〇〇が適しています」って言ってしまうと「おいおい、誰にとっての一般なんだよ」ってなりますよね。だから必ず、今の発言はあくまでの今の私の発言です、って明確にしておきます。

根底に愛とリスペクトを持つ

だから安易に人を傷つけるようなことは言いたくないし、どんな方がたとえばこのブログを読んでくれているのか、ラジオを聞いてくれているのか想像しつつ、お会いできなくてもリスペクトと愛を以って言葉をチョイスしているのかな、と思います。

ここはかなり抽象的なのですが、結局その人がどういう心持ちでいるかが、言葉に現れるように感じる今日この頃です。もっというと、心持ちや考え方で、「声」にも現れてくる。

昔の記事で、「声には性格が出る」と書いたことがあります。

私はまだまだ修行中なのですが、それでもここ最近、人の声を聞いていてある程度共通項があるのがだんだんと分かってきました。声って鍛えていない方の方が圧倒的に多くて、みんな「素」で話されていますよね。だからその人の内面とか生まれ持った特徴とかで声に違いが出るんだろうなと思うのです。(もちろん声帯の太さとか生理学的なもののありますが、一旦それは排除しておくとして)

だからこそ、日々の心持ちを大切に、努力を怠らず、生きていきたいなと思います。

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さて。ここまでは「言葉選び」に関して私が意識していることを書かせていただきましたが筆が乗ってきたのでもう一つお話しさせてください。

そもそも、意見を言うってとても楽しいことでもあり辛いことでもあると思うんですよね。何を見て意見をもつ、考える、それを誰かに伝える、共感してもらう・・・はとっても楽しいこと。けれども、誰かに伝える、反論される、納得できない・・・は楽しくない。ましては、誰かに伝えたい、でも伝えられない、だから伝わるはずもない・・・は辛いです。

以下は、少し長くなりますが、私が「意見を伝える」そのものについて思うことを書かせていただきます。

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私は家庭環境の影響もあり、もともと自分の意見を持ち、伝えるのが好きな人間だと思います。

小学6年生の頃、ディベートの授業がありました。いくつかの根拠を元に意見をいい、相手チームを納得させることが心地良く、積極的に発言していました。ところが担任の先生に「他の人にも意見を言わせましょう」的なことを言われ、「そうか、言いたいこと全部言ってはいけないのか」と引っ込んでしまった記憶があります。

大学1年生の合宿の時、教授に対してタラタラ自分の意見を言って見たら「学術的根拠はなんだ」とぴしゃりと言われ、恥ずかしい思いをし、それからあまり積極的に意見を言わなくなってしまいました。(大切なことを教えていただいたと思うのですが、当時はエンバラスの方が強かった)

社会人1年目の時、会社の改善点が目に見えて来たのでレポートを書きました。現状、問題点、改善案、スケジュール・・。それらを上司に提出した時、あまり余計なことは言いませんでした。(確か)「現場での経験を踏まえてレポートを書いたのでご検討お願いします」くらいだったかな。それでも真剣に取り扱ってもらえない上司に腹を立てて、結局社長にやんわりとメールを送ってしまったことがあります。翌日上司は大慌て。レポートを引っ張り出し、やれることからやっていきたいから意見を聞かせて、と時間を設けてくれました。

友人関係においても、転職の相談や恋愛の相談に乗っていると、「その仕事について保険とかは大丈夫なのか?」「その男は不誠実にしか見えないけど大丈夫なのか?」と親身になるが故、相手がおそらく言って欲しくないであろうことも度々口にして来たように思います。

当時の恋人や現在のパートナーにも、正直に、いや最もストレートに想いをぶつけて時には泣いて荒れて罵倒して(ここは反省しています。もうしません!)、相手を傷つけながら自分の心の内を伝えて来たなと思います。

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もともと正義感が強めで、熱い人間なので、スイッチが入るとどんどん進んでしまうところがあるのが私です。そこが魅力だから変わらないでね、と言ってくれた前職の同僚もいましたが、そこを少し冷静になればもっと素敵になる、と言ってくれた前職の社長もいました。

そして私自身、歳を重ねるごとに、今までの自分ではいけないなと思うようになりました。

理由は2つ。

一つは、ストレートに伝える以外にも方法があると学んだから。

二つ目は、どんなに相手のことを思って一生懸命伝えたとつもりでも、タイミングによっては悪い方に取られてしまい、自分が悲しい気持ちになると知ったから。

だから、「誰に」伝えるのか、で言い方を変えることにしました。

何を見て意見をもつ、考える、それを誰かに伝える、共感してもらう・・・はとっても楽しいこと。けれども、誰かに伝える、反論される、納得できない・・・は楽しくない。ましては、誰かに伝えたい、でも伝えられない、だから伝わるはずもない・・・は辛いです


と、先に書きましたが、私にとって

「共感してもらいたい」相手は誰なのか?

「納得されたい」相手は誰なのか?

「伝えたい相手」相手は誰なのか?

を考えると、あまりいないことに気がつきました。笑

会社員で働いていたときはもっといたと思います。でも今は個人で動いているので、「共感されたい」のも「納得されたい」のも「伝えたい」のも、現在のパートナーかなと思います。だから彼に話すときは必ず正面切って全部話します。どんなことも。どこまで何を話すかは、それぞれの関係で変わってくると思いますが、私は彼に嘘はつきたくないと思っています。いつか苦しくなるから。それに我慢したり何か隠している顔って(私の場合)とてもブサイクなんです。だから鏡ごしに「あ、ブスになってる」と思ったら何かモヤモヤしたことはないか考え、思い当たる節があれば時間を作って彼と話をします。それが彼自身に関係がないことでも、「今の私はこう言う状態なのだ」ときちんと言葉にして伝えるようにしています。そのタイミングが遅いと、涙が先に出てしまって彼を困らせることになります。たまにはね、困らせてもいいと思うんですけど、泣く前と後で前進していないと意味がない。だから泣いた後で「こう言う理由があって泣いた」と説明します。

それ以外については、冷たいように聞こえるかもしれませんがドライに過ごすようにしています。相手が私の意見を求めているな、と思うまでは言わないようにしています。伝えるのもエネルギーがいりますもんね。

でもそうやってドライかな、と思うのも辛いと感じることがあります。笑 

そんなときはこうして文字にしてみたり、ラジオで気ままに話してみたり、読書をして主人公に思いをはせてみたり、ナレーションである言葉に反応してみたり。

「対ヒト」でなくても、伝える場所ってあるのかなと思うのであります。

以上、とっても長くなってしまいましたが、今日はここまで。こうしてお便りをいただくことで私自身、意見を吐露させてもらえて幸せです。いつもありがとうございます!

また次回、お会いしましょう。