「パパは脳研究者」を読んで

「パパは脳研究者」を読んで

みなさんこんにちは、ひろみです。

一気に寒くなってきましたね!ご体調など崩されていないでしょうか?私は今週から妊娠30週に入り、毎日毎日起きるたびにお腹が大きくなっているのを実感します。一度に食べられる量も少なくなってきて(と言っても夫よりは食べている・・・)寂しい限りです。涙 

さて。

本日は読了したオススメの本をご紹介します。その名も「パパは脳研究者(池谷祐二著)」

これは私の友人が妊娠祝いにとプレゼントしてくれた本です。彼女は2人の子育てをしながらバリバリのキャリアウーマンで、お子さんが大学生になった一昨年から大学院で脳科学の勉強をされている、超かっこいい先輩かつ友人です。

「この本を読んで脳科学の勉強をしたくなったの」

と言っていた彼女。最後まで読んで、確かに面白いなぁと思ったと同時に、子供が産まれる前にプレゼントしてくれた彼女の思いやりに改めて感激したのでした。

内容は、脳研究者である筆者自身の子育てエピソードを交えて解説される、生後間もなく〜4歳までの子供の脳の発達を描いたものです。

今日は3歳から4歳までの内容を読んでいたのですが、「なんということだ!」と思わずメモを取った内容があるのでご紹介させてください。

褒めるって難しい

本書P233にあたる部分です。絵を描いていた娘さんに対して「上手だね」と褒めたところ「ほめないで!」と怒ったそうです。ここに、「認知的不協和」があると筆者は述べています「認知的不協和」これは、「自分の思惑と現実が矛盾していることにストレスを感じる」状態のことだそうです。

つまり、本人はほめられるために絵を描いているわけではないのに、描いていること自体をほめられたことにストレスを覚えた、ということ。

これって、小さい子に良かれと思ってやりがちなことだと思いませんか?私も姪っ子に対してついつい、「上手に書けたね〜」「読むのが上手だね〜!」となんでもかんでも褒めてしまいます。しかし筆者曰く、

認知的不協和は、子育てにおいても気をつけたい心理です。例えば、絵を描くのが好きな子どもが、なぜ絵を描くかといえば、理由は単に「好き」だから。自然とやる気が湧き上がってくるから描いているのです。

こうして頑張っている姿を見ると、つい親はほめたくなるもの。教育論的には、この場合、ストレートにほめるのは禁じ手です。「えらいね」「上手だね」などと何度もほめると、絵を描くことへの興味が急速に減じてしまうことがあるからです。

子どもからすれば、ほめられ続けることで、「自分は絵を描くことが好きだったのではなくて、もしかしたらほめられて描いていたのかな?」と無意識に現状の解釈を変更します。認知的不協和の解消です。結局、その子は絵を描くのをやめてしまいます。

え〜〜!なんと!!!そうなの??

とショック混じりの驚愕だったのですが、少し経って考えてみると、確かに自分が小さい頃、ピアノの練習することをほめられることよりも「心地がいい音色だね」や「感情が伝わってくる」などと「結果」に対するリアクションをもらった方がうんと嬉しかったことを思い出しました。

また、私がナレーターを志すきっかけにもなった中学3年生の時出場した青年の主張大会でも、会場で聞いてくれていた父が家で「自分の子じゃなかったみたいだったなぁ」と言ってくれたその感想がとても嬉しく、モチベートされたことも思い出しました。自分の娘として色眼鏡を通してではなく、一人の人間としてパフォーマンスを評価してもらっているという自信になったのですね。

この「認知的不協和」、とっても難しいなと思ったエピソードが本書P246にも出てきます。

例えばゲームに熱中している子どもに対して、「こら!早く勉強しなさーい!」と言ってやめさせたグループと、「そろそろ勉強したらどう?」と優しく伝えてやめさせたグループに、後々ゲームの感想を聞くという実験があるそうです。

しかられた方は「すごくおもしろかった!」と答える一方、優しく諭された方は「あんまり・・」と答えるんだそう。(ええ〜!)

筆者の解説は以下の通りです。

しかられたほうは「もっとゲームをやりたかったのに、やめざるを得なかった」。強制終了させられただけのことで、この場合は認知的不協和は起きません。

(中略)一方、優しく諭されてやめると、「もしかしたら続けられたかもしれないのに自分はやめてしまった」ことになります。つまり、「やめたくなかったはずなのに、やめてしまった」という気持ちと行動の不一致、つまり認知的不協和が生じます。さて、こうなると「ゲームをやめた」という自分の決断を、自分の内面心理から説明しなくてはなりません。説得力のある説明は、「実はあのゲームは、それほどおもしろくなかったのだ」「だから私は自らゲームをやめた」でしょう。実際、親が優しく諭す接し方を辛抱強く続けると、いつしかゲームに対する興味を失ってしまうことが、この実験で証明されています。

これは意外でした。でもそうか、自分の決断に納得できないことがストレスで、そこにわざわざ意味付けしなくてはいけないとなると確かに後者の方が認知的不協和が生じています。ここを読んで、「自分の意思」で何事も行動することの重要性を感じました。

さて、上記の場合「では叱った方がいいのでは?」と思われる方もいるかもしれませんが、そういうわけではないのです。

なぜなら、叱ると、タスクをこなそうとする「やる気」自体が損なわれてしまうから。ゲームをやめることに対しては納得が言っても(この場合、強制的に)、勉強をする意味は見出せず、達成率が下がるのだそうです。(これは容易に想像できますね)

だからこそ、親の忍耐が必要だと筆者は言います。

強くしかるのはできるだけ避けながら、忍耐強くしつけることが、理想的な教育です

「子育ては親育て」とよく耳にしますが、本当にそうなのだなぁ。。と思いました。

誰でも完璧な人はいないので、100%できなくても全然いいと思うのですが、これから小さい子に投げかける言葉、自分の子供にかける言葉、言い方は工夫していきたいなと思いました。

他にもご紹介したい話があるのですが、長くなってしまったので今日はこの辺で!また次回お会いしましょう!